韓国岳−開聞岳山行記 夜行1泊2日
標高、韓国岳 1700 累計 1700m
開聞岳 924 累計2624m
|
|
登山日 2009年2月21日(金)〜22日(日)
天候 晴れ、曇り
パーテー 単独
コースタイム
夜行 自宅20:20==20:30北上20:43++21:35古川22:30
2/22 5:05東京5:20−−5:50羽田8:20**
10:20鹿児島10:50==11:50えびの高原
12:15==12:25韓国登山口−−13:05五合目13:10−− 13:40韓国岳山頂14:00−−14:20五合目14:25−−14:55韓国登山口15:00一15:05えびの高原
15:25−−17:45−指宿休暇村(泊)
2/23 指宿休暇村7:45==8:15開聞岳登山口8:30−−9:10四合目9:15−−10:00七合目10:05−−
10:55開聞岳山頂11:30−−12:40五合目12:45−−13:30開聞岳登山口14:00==
14:30指宿休暇村(入浴)15:00==17:30鹿児島空港20:25**22:10羽田空港
22:30++23:00横浜23:30++ 25:00大宮(泊)大宮6:30**8:55北上9:00
==9:10自宅
|
| |
岩手の冬は山は積雪が多く、山には登れず普段は近くの里山を歩くようにしていたが、暖かい九州の山は冬でも登れるのではないかと、インターネットで調べて見た所、韓国岳、開聞岳のツアーを見つけた岩手からのツアーだと東京間での交通費を含めても2倍以上の金額を要する、このチャンスに申し込み、東京までの交通は、効率を上げることと、少しでも安くと考え調べた結果、北上からの高速バスは時間的に集合時間に余裕が無く、古川まで新幹線で行き古川から高速バスを使うことにした。
1週間前から鹿児島の天気予報を調べていたが、まずまずの予報だったが、いざ出発の前日より岩手が大荒れ吹雪状態だった、通常古川はそれほど雪は多くない所と聞いていたが、古川も寒く、吹雪だった、心配は高速バスが遅れる事だったが、心配とは裏腹に東京駅に着いたのは定刻より5分程速かったが、そのまま羽田空港に直行し、帰りのバスの横浜行きのバス乗り場など調べてから集合場所に行った所、まだ速いと思ったが結構集まっていた。
8:00出発予定が30分程遅れて飛行機は離陸した、情報では鹿児島の最低気温は0℃と思ったより低かった、鹿児島到着も定刻より、30分遅れ、そこから貸切バスで1路霧島えびの高原を目指した、途中岩手と違い雪景色は全く見られず、時折花も見られたり、湯気の噴出する場所があったり、岩手と違う風景を楽しんだ、天候も青空が広がり最高の登山日和となった。
えびの高原で昼食にしたが、そこからは韓国岳は目の前に迫っていた。周囲には野生の鹿も見られのどかな雰囲気だった。 |
 |
|
えびの高原から望む韓国岳
硫黄山賽の河原付近 |
|
昼食後登山の準備をし、バスに乗り込み10分程度で韓国岳登山口に到着し軽く準備体操を行い、今年最初の登山が始まった、空は晴れ渡り、視界も上々、ツアー客は36名で内女性が26名、男性10名と殆んどグループや連れが居たが単独で参加は2〜3名位、どうしても団体の為歩くのが遅くなるのは止むを得ないと思いながら歩いていた、ゆっくり歩きながら周囲の景観を楽しんでいた、こんな晴天に恵まれた登山は1年に数回だと思う、朝方霜が降りた様で霜柱が立っていた、周囲には霧島つつじの枝が霧氷に覆われまるで白い花を咲かせているように、透き通った青空に映えていたのが印象的だった、前に栗駒山の紅葉した枝が霧氷に覆われ、すごく綺麗に感じたことを思い出した、周辺は霧島つつじの木が多くつつじの花の時期になったら綺麗だろうなどと考えながら歩いた、山頂に到着すると、新燃岳の火口が大きく口を開いて、所々噴煙が出ていた。新燃岳の更に遠くには高千穂峰がそびえ、絵に描いたような風景だった、他方には雲の上にわずかに桜島が頭を覗かせ噴煙を上げていた。
 |
|
霜柱の登山道 火口の先の雲の上に噴煙の桜島 |
暫く山頂で思い思いに写真を撮ったり、景観を楽しんだりし、ふと昨日の吹雪とあの寒さが嘘のような気さえし、夢の世界に居るようだった。
下山の途に付き、ツアーのメンバーとも徐々に打ち解け会話をするようになって来て精神的に何かふっ切れた気分になった。
登山口に到着も何か物足らなさを感じたが、この景観の素晴らしさは充分満足出切るものだった。
再びバスでえびの高原に着き休憩し、登山靴を洗ったり思い思いの休息をとった後、一路宿泊予定の指宿に向かった、バスの中では翌日の天気予報は曇り後雨の予定で、そちらが心配になってきた、暫く車窓を眺めていたが、いつの間にかうとうと眠っていた。鹿児島は過去三度来た事があるが、最初は専門学校時代に寮の仲間と鹿児島から沖縄に渡る為に、夜行列車で来た時が懐かしく思い出された、二度目は前の会社に在籍で独身時代に単身九州旅行をした際、桜島まで行って来た、三度目は鹿児島NECにIE研修など色々思い出があり、車窓は全く変わっているものの、何か懐かしさがこみ上げて来る様だった。
 |
|
遠く高千穂峰と新燃岳火口 霧氷と新燃岳火口 |
宿泊先の指宿温泉の休暇村に着いたのは夕方だった、ツアーに参加した場合の楽しみは宿泊時の参加者との情報交換だった、色々な山の情報など、部屋割りは5人で親子で参加の2人と夫婦で参加の二組の男性二人と自分、皆さん山の経験が豊富な人達ばかり、自分が一番遠くから参加のようでしたが、御殿場や静岡から参加の方も居た。
温泉が疲れを取ってくれるように何度も温泉に入り、眠ったが中々眠りつけれなかった、朝眼が覚めたのが何時か見当が付かず起き出すのも部屋の人達に迷惑すると思って布団に入っていたが、他の人が起きた時、時間を確認した所6時過ぎていた、岩手より夜が明けるのがかなり遅いと思いながらも慌て起き出発の準備をした。
予定は8時前に出発し池田湖、枚聞神社に寄って開聞岳登山口に行く予定を天気予報の曇り後雨を考え直接開聞岳登山口に行き、早目の登山開始となった、空はどんよりとしていた。
 |
|
開聞岳案内板 中腹から見える海岸線 |
開聞岳は富士山のイメージでがればを歩くのかと考えていたが思いの他森林の中を歩くことが多く視界は余り開けていなかったが、時折、長崎鼻や弓なりの海岸線が眼下に広がっている。高度が高くなるとそれらの景色は頻繁に目を楽しませてくれた。天気さえ良ければ桜島や大隈半島も見える筈だが今日は曇っていて見る事が出来なかったのが残念だった。
結構登山ツアーが多く行き違いに苦労した、山頂は人が多く写真も思う様に撮れない状態だった、山頂で少し雨が落ちてきたがすぐ止み、山頂での昼食は適当に場所を探して済ませた。
下りになったら、いよいよ帰途に着くという気持ちが溢れ、寂しさが込み上げて来る様だった、下山し登山口の事務所に申し出ると思い掛けなく、開聞岳の写真の入った登山証明書を発行してくれると言うことで、4種の写真から好きな写真を選びそれに日付印を押して貰った、良い記念になる、指宿の粋な計らいと感じた。
 |
|
山頂と池田湖 |
そしてバスでまた指宿休暇村に戻り入浴し帰途に着いた、鹿児島空港に到着し、夕食を済ませ帰りの時間を待ったが、散々楽しんだ後は良くなく、飛行機の出発時間が大幅に遅れた19:45発が20:30位になってしまった、後は帰りの夜行バスの事が気になりゆっくり出来ない状態だった、どうも羽田空港の混雑状態が原因しているようだった、御殿場から来ていた方は荷物を指宿から送り飛行機に預けず、荷物受け渡し時間を無くした様だったが、自分は充分時間はあると思った為、預けたが結局それがバス遅れる原因となった、ザックにはナイフも入っている為、手荷物には出来なかったのと、飛行機の時間はそんなに遅れる事は無いと考えていたが、自分の甘さを反省した、横浜に着いたのが丁度バス出発の23時、それからバス停を探している内にバスは出発してしまっていた。それから大宮まで行き、翌日の1番の新幹線帰宅、朝から出勤予定が午後からの出勤になってしまった。
非常に反省の残る山行だった。 |