御正体山 1682m  3/3

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神が降りる地上の先端

ここにして友よ見よ 見て思へ山は地の天上めざすあこがれよ

(堀口大「山」)

 

妙心上人が入定

 

 

 


道志、秋山山系にあって、群を抜く高峰が御正体山だ。一帯で唯一の千六百b峰。空に突き出す頂は、天上にあこがれる大地そのものに見える。古来、人々はこの山が天上につながるものとしてあがめてきた。「正体」は「神体」。妙心法師百八十回遠忌記念誌「虹のかけ橋」は、こう書いている。「古へ人は、この御正体山に何を祈ってきたのであろうか。天神に近づき、天神の来たり遊ぶであろう地上の先端に神をたずね(略)山の霊気にひたりながら登拝すれば神を感じ、神とともにある気持ちになれたし、神への願いも通じるような気持ちになったことであろう」

山頂に祭られているのは御正体権現。「甲斐国志」には「農民旱天ニ雨ヲ祈リ霖雨ニ晴ヲ祈ルニ必ズ其験アリトテ皆信仰ス」とある。こうした伝承は山の周辺各地にあり、「虹のかけ橋」によると、御正体権現は天候をつかさどる神として大切にされてきたという。この古い信仰に新たな信仰を加えたのが、江戸時代の一八一五(文化十二)年、山中で即身仏となった妙心上人だった。上人は岐阜の出身。富士山で修行中、「御正体大権現の神霊がいるところに行き、そこを開け」のお告げを受けた。一四年に入山。一五年四月、入定(にゅうじょう)した。上人を慕う人たちが講をつくって登山。信者は周辺の村々だけでなく、遠く相模、武蔵、江戸にまで及んだという。上人のミイラは山中の上人堂に安置されていたが、九○(明治二十三)年、古里・岐阜県揖斐郡谷汲村の横蔵寺に移された。

古木が囲む山頂

都留市史によると、信仰登山のコースは三つあり、鹿留からが一般的だった。かつては沿道に三十三の観音像があった。今はほとんどなくなってしまった。最近では山中湖村と道志村の境にある、山伏峠から登る人が多い。上り下りが激しいコースで、手前から奥ノ岳、中ノ岳、前ノ岳を経て頂上に至る。そこには赤い屋根の小さな御正体大権現社と、一等三角点(補点)が並んで建っている。周囲は御正体山自然保全地区、やまなし森林百選に指定されている。ハリモミ、ツガ、モミ、ミズナラ、ブナの古木が、なだらかな山頂を囲んでいる。残念ながら展望はない。しかし天上に近い雰囲気が漂う気がしてくる。マコゼンノ丸ともいう。

コースガイド

標高が1700mにも満たない山としては非常に大きく、登山コースも四方からあってやや難しい鋸刃コースも加えると、6本数えられる。県内のハイキング向き低山の中でこれだけコースが取れる山は珍しく、日帰り集中登山などにもってこいの山だ。京浜方面からの電車利用者にとって便がいいのは、富士急行線谷村町駅から管野川沿いに入り、都留市大野の大平集落にある三輪神社わきからのコース。仏ケ沢に入って北面の尾根を峰宮跡に登り、見事なブナの尾根をたどれば一等三角点のある山頂だ。同じ都留市側からは、鹿留川の池ノ平から入り、御聖人跡を通って峰宮跡で北からのコースと合流するものがある。ここでは大野山からのベテラン向き鋸刃コースも一緒になる。都留市と道志村の境界、道坂峠からは、北西面の長い尾根を登る。途中で道志村の白井平からのコースも併せる。道志村と山中湖村の境、山伏峠からも完全な尾根道だ。北西に登って石割山への尾根で右折、中ノ岳南面の伐採地ですっきりした富士を眺め、前ノ岳を経て山頂着。

【参考タイム】 谷村町駅(1時間半)コース入り口(50分)仏ケ沢水場(2時間半)御正体山(2時間)山伏峠。

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